神戸市東灘区の小児科・アレルギー科ならばやしこどものアレルギークリニック

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NAC隊長のソロ活動SOLO WORK

スタッフ勉強会

NACでは月に一回、アレルギーのこと、お薬のことなどについてスタッフみんなで集まって勉強しています。

2月は発達障害(最近は「神経発達症」と言い換える方向にあるそうですが、便宜上ここでは「発達障害」と記載します)について、NACの近隣で発達障害の診療を専門に行っているふじた小児科の藤田杏子先生にレクチャーしていただきました。

世界的に見て、アレルギー疾患は増加傾向にあるのですが、発達障害も増加しています。

CDC(アメリカ疾病予防管理センター)によりますと、2000年に「150人に1人」だったのが2018年には「44人に1人」の割合となっています。

NACには多くのお子さんが定期的に来院してくれますが、ひとりひとりが個性的でNAC隊長以下スタッフ全員が日々楽しませてもらっています。

そのひとりひとりの個性に合った接し方を学ぶのが今回の勉強会の目的でした。

NACで行っている食物経口負荷試験では2時間以上院内で過ごしてもらうため、お子さんが心地よく過ごせる環境づくりを心がけています。

この際に、親御さんから子育ての悩みについて相談される機会が多く、藤田先生のわかりやすい講演にスタッフはみな真剣に聞き入っていました。

そして、発達障害に限定せず、普遍的にいろんな個性を持つお子さんひとりひとりへの接し方を考えるきっかけになったようです。

藤田先生ありがとうございました。

 

 

 

 

エール

この時期、中学受験を終えたこどもたちが外来で結果を報告してくれます。

希望通りの学校に決まった子、希望通りにいかなかった子。

どちらであっても、よく頑張ったね。頑張った事実を誉めてあげたいです。

希望通りの学校に決まった子は、学校生活を伸び伸び楽しんでほしい。

希望通りにいかなかった子、残念だったね。第二志望を選んだ子も、公立中学を選んだ子も、まずはそうなった運命を受け入れて、学校生活を楽しんでみましょう。

「あの時、あの学校に行けなくてよかったのかもしれない」「あの時の選択は間違ってなかったんだ」と思える瞬間がきっと来ます。

それは5年後かもしれないし、10年後かもしれないし、20年後かもしれない。

NAC隊長は人より多く受験を経験しました。まだまだ人生は続いていくので、振り返る時期ではないですが、これまでのところ、3つの大きな転換点がありました。

ひとつめは、最初に入った大学に見切りをつけて医学部を受けなおしたこと。これがなければ今の自分はありません。

ふたつめは、医学部を卒業して最初に努める病院(初期研修病院)。訳あって自分が働きたかった病院で働けなくなり、自棄になって「働けるならどこでもいいや」と投げやりな気持ちで選んでしまったこと。こう書くと良くなかったように聞こえるかもしれませんが、この病院で今の妻と出会ったので、結果的には良かったのです。

みっつめは、アレルギー診療の勉強のために当時は縁もゆかりもなかった静岡県の病院で働くことを決めたこと。ここで本当にたくさんの経験を積むことが出来、今の自分があります。経験だけでなく、友人もたくさんできました。この思い切った選択のおかげで今、アレルギー専門医として毎日充実した診療の日々を過ごせています。

人生が思い通りにいかなかったとき、いつまでも悔やむのではなく、まずはそうなった運命に身をゆだねてみるのも悪くない。

人生の師に出会えるかもしれません。生涯の友に出会えるかもしれません。一生かけてやりたいことがみつかるかもしれません。

気休めかもしれませんが、そんな言葉をかけてあげたいです。

四十数年前の食物アレルギー!?

じんましんは非常によく見られる症状で,一生に一度は経験すると言われています。

原因がはっきりわかることは非常に少ない中で,食物アレルギーの症状として出ていることもあるかもしれません。

四十数年前の夏休み,小学3年生だったNAC少年が夕食後に宿題をしていたら,首がかゆくなってきました。親に見てもらうと赤い発疹が出来ていました。

「蚊にかまれたんだな」と思い,ムヒを塗って勉強を再開したところ、みるみるうちに発疹が増えていき,ムヒを塗ったくらいでは追いつかなくなりました。

「なんじゃこりゃ?」と思いましたが親からは「じんましんだろう」と言われ、その日の夜をどう過ごしたのかは記憶がありませんが,翌日に受診したのを覚えています。

診察した医師からも「じんましんでしょう」と言われて終わったように思います。

でも、実は当日の夜、NAC少年は生まれて初めてお茶漬けを食べていたのでした。

食べず嫌いが多いNAC少年でしたが、テレビでお茶漬けのCMがよく流れているのを見て、ちょっと食べてみようかなと思ったのでしょう。

冷凍庫に入っていた鮭フレークを使って鮭茶漬けを作ってもらい、初めて食べたのでした(味は覚えていません)。

この当時、だれからも食物アレルギーを疑われることはありませんでした。

NAC少年は「僕は鮭茶漬け食べたら湿疹が出るんだ」と思い込み、以後、20代になるまでお茶漬けは食べませんでした。鮭そのものは除去することなく食べていましたけれども。

今、医師となり、アレルギー専門医として考えると、この症状はおそらく食物アレルギーによるものではなく、鮭フレークに多く含まれていた“ヒスタミン”という物質によるものだったのだろうと推測しています。ただ,いわゆる『ヒスタミン食虫毒』はマグロ,ブリ,サンマ,イワシなどの赤身魚の摂取による発症が多いようなので,もしかしたらもっと別の原因があったのかもしれません。

いずれにしろ,何かを食べてから二時間以内に出現した症状に対して医師から食物アレルギーの関与を疑われなかったために、自己判断で除去してしまうという結果となってしまいました。

四十数年前は,食物アレルギーのあるこどもたちには生きづらい世の中だったのだろうなぁと想像します。